<< 編集後記 「花火をはしごする」 | TOP |

編集後記 「奈良の本当の魅力」

少し遅い夏休みと軽い取材を兼ね、奈良に行ってまいりました。中学時代修学旅行で立ち寄った経験はあるものの、悪友との悪ふざけとクラスのマドンナへのぎこちないアプローチに奔走していた鼻たれ小僧の記憶はカウントするまでもなく、事実上初の奈良、でありました。

奈良と言えば、古の都。世界遺産をはじめ様々な歴史的建物・史跡が集結する街。年をとったのかここ最近歴史の価値などに強い関心を示すようになった私、奈良路はさぞかし崇高で、気品にあふれ、身が清められるのかなあ…などと想像をめぐらしていたのですが、実際降り立った奈良は、思ったより日常的な雰囲気。確かに巡った奈良公園、東大寺、唐招提寺、薬師寺など、由緒ある建物や整備された敷地などからは、歴史が醸し出すきりりとした気高さを感じましたが、不思議と敷居の高さ、近寄りがたさのようなものは感じませんでした。その雰囲気を象徴するように、奈良公園や東大寺では観光客に交じり地元の若者や家族連れの姿も多く見られ、非常にくつろいで過ごしている様子。奈良という場所にとって、それは当り前の光景のようでした。

40_1.jpg 歴史的街並の中でのこの日常感――奈良に過剰に期待した私にとって、拍子抜けした感も否めません。でも今振り返ってみると、それこそが奈良という街の持つ魅力、と言えるような気もします。

40_2.jpg どんなに歴史があっても、由緒が正しくても、その延長には間違いなく現代があり、そこに住む人があり、日常の生活がある。その日常と歴史が自然に融合した街――それが奈良ではないかなと。しかも奈良の人々は、そういう建物・史跡と近い距離感にありながら、礼節はしっかりとわきまえているよう。特にそれを感じたのが、大神神社。地元の人であろう参拝客が数多くいましたが、皆参拝したのち、当然のことのように鳥居に対して頭を下げ、境内を後にする。その光景の美しいこと。ある意味どんな建物や史跡よりも、奈良の気品を感じました。奈良の人にこそ、歴史あり――というと、きれいにまとめすぎでしょうか。

40_3.jpg 余談ですが、今回なけなしの金を突っ込んで購入した愛車にて、東京・用賀料金所から8時間かけて奈良へ。行きはよいよい。高いテンションと旅行前の温存された体力がありましたから。結構楽しかった。しかし帰りは…怖い以前に、疲れました。次回は新幹線または深夜バスで夢うつつの中帰路に就ける環境を整えて、さらに奈良を満喫しようと心に誓った私であります。
[ 編集後記 ]