大森
明治10(1877)年、横浜から新橋へ向かう汽車に乗っていた1人のアメリカ人が、途中駅を発車した直後に左車窓から貝塚を発見した。アメリカ人はエドワーズ・S・モースという動物学者、件の駅は現在のJR大森駅で、発見されたのは大森貝塚だ。
この話は有名でご存じの人も多いだろう。大森駅のホームに『日本考古学発祥の地』の記念碑がある。大森駅が開業したのは明治9(1876)年だ。日本で初めて新橋・横浜間に鉄道が開通して4年後に開業しているから、鉄道の駅としては古い歴史を持っている。その大森駅を挟んで東側と西側では、街並みがかなり異なる。東側は平坦な低地が広がりオフィスビルや商店、住宅、マンションなどが混在する下町らしい街並みで、駅ビルのアトレ大森をはじめ西友、イトーヨーカドーなどの大型商業施設も揃っている。京急(京浜急行)の大森海岸駅へも徒歩圏で、京急の線路に沿って第一京浜国道が南北に貫き、東西に延びる環7(環状7号線)と交差するところに京急の平和島駅もある。
一方、西側は丘陵台地で、駅の山王口を出ると線路に並行する池上通り沿いに商業ビルや商店が連なり、南へ八景坂(やけいざか)を下り環7との交差点近くまでは商店街が続く。だが、池上通りの西側と環7の北側一帯は丘陵台地の山王地区で高級住宅地として知られるエリアだ。東側と西側は住環境のちがいはあるものの、生活基盤が整備され暮らしやすい街に変わりはない。大森駅からは都心や横浜方面へのアクセスが便利で、京急も都営地下鉄浅草線や京成線が乗り入れ羽田空港と成田空港を直結している。江戸時代の東海道は現在の第一京浜にあたり、その付近が海岸線で広大な森が迫っていたという。昔から海苔の養殖が盛んで幕府御用の御前海苔場だった。海苔の養殖は貞享の頃(1684〜88年)から始まり、海が埋め立てられ昭和30年代に終わるまで約300年も続いた。現在も海苔問屋は健在で環7から産業道路近辺に集中し、日本一の海苔流通地になっている。また、大森駅西側の八景坂は江戸中期頃から風光明媚な景勝地で安藤広重の浮世絵にも描かれた。当時は胸突き八丁の急坂だったという。大正末期から昭和初期にかけて、山王から馬込一帯は多くの文士や芸術家が住み交流を深め“馬込文士村”と呼ばれていた。都市化が進んだ今でも寺社や住宅の緑が多く閑静な街並みで、文士たちが住んでいた場所はモニュメントが置かれており散策コースになっている。一方、広大な埋立地には大森海岸を再現した大森ふるさとの浜辺公園や、東京港野鳥公園のバードウォッチング、スポーツ施設が揃った平和の森公園、品川水族館など家族連れで楽しめる施設も充実している。