等々力
「等々力とひとことで言っても、“広い”からねえ」。取材を進めていく中で、どの人も口々にこう等々力の土地を評す。確かに地理上、等々力は極めて“広い”。北は目黒通りを超えた区画も等々力とされるし、南はご存知“等々力渓谷”を含んだ、環八通りを超えた一帯も指し示す。そうした街並の大半は住宅街。二子玉川、自由が丘、田園調布といった高級住宅街が近いせいもあり、そうしたすまいとしての風格、品がどの場所にも漂っている。しかし二子玉川、自由が丘、田園調布にはない、昔から住む人々の情緒、人情味のような、ある種高級住宅街とは相反する要素も、併せ持っている印象を受ける。そう、等々力という街は、近年語られるような街の定義によって断定し難い、独自の街の色を間違いなく持っている。
察するに、住宅としての積み上げてきた歴史が、等々力の街をそうさせているのではないか。等々力渓谷然り、東急大井町線等々力駅前の「ざいもく屋」然り。何十年、何百年と変わらずあり続ける景観が、住宅地の中の至る所に今も尚色濃く残っている。そうした場所を通ってみると、長い年月に渡り、年齢、性別、立場を超えた幅広い人達が、この場に居を構え、行き交った息遣いを、感じ取ることができるような気がする。
近年、住宅地として新たに開発され、人気が集中する街は多々あるが、等々力にあるような、住むものを選ばずどこまでも受け入れてくれるような、ある種の寛容さ、懐の深さを持ち合わせているところは、おそらく見当たらない。等々力は単に面積が“広い”だけではない。あらゆる意味で“大きい”街なのだ。