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 東京都と神奈川県の境界を流れる多摩川の下流は六郷川とも呼ばれ、河口に近づくと大きくU字型に湾曲してから東へ向かい東京湾に注いでいる。そのU字型に突き出た部分が大田区の六郷地区だ。突き出た先端にJRと京急(京 浜急行)の2つの鉄橋と、 第一京浜(国道15号線)の新六郷橋が3つ並ぶように架かり、対岸の川崎市の中心部と結ばれている。JRの鉄橋は東海道線と京浜東北線が併走しており、第一京浜はかつての東海道筋で、江戸時代には橋の傍にあった“六郷の渡し”で多摩川を渡っていた。船での渡船は時間もかかったろうし、台風や大雨で川が荒れ渡れぬ日もあったという。
  現在は京急の六郷土手駅から対岸の京急川崎駅まで5分とかからない。六郷土手から品川方面へ一つ目の雑色駅は六郷のほぼ中央に位置し、その次の京急蒲田駅は羽田空港へ行く空港線と繋がり、都営地下鉄浅草線や京成も乗り入れ、特急で成田空港とも直結している。JR京浜東北線の蒲田駅からは、六郷各所へのバス路線が整備され運行も頻繁だ。蒲田は東急池上線と多摩川線の始発駅でもあり、都心や川崎・横浜方面へ直結しアクセスがいい。車での移動も第一京浜が南北に縦貫し、環状八号線や第二京浜(国道1号線)へ出るのも容易で、羽田空港にも近い。六郷は交通便の整ったエリアといえるだろう。
  また、蒲田は城南地区で最大の繁華街で知られ、雑色も駅周辺に下町らしい商店街が縦横に伸び、大型スーパーマーケットもあり生活に密着した店舗が揃っている。雑色駅が開業したのは明治34(1901)年で、蒲田駅は少し遅れて同37(1904)年の開業だが、当時は梨畑の中に駅舎だけがぽつんと建っていたという。大正9(1920)年に松竹キネマ蒲田撮影所ができると、蒲田駅周辺は急速に活性化し、映画人の住むモダンな街として有名になり多くの人が訪れ賑わった。しかし、羽田空港の開港で上空を飛ぶ航空機や周りの工場の騒音がトーキー製作の障害となり、昭和11(1936)年に撮影所は大船に移転。その後は、京浜工業地帯を控えた庶民的な繁華街として親しまれてきた。

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 一方、六郷地区は大工場やその下請けの町工場が増え続け、そこで働く人たちの住宅や商店が混在する街となった。だが、環境対策や産業のグローバル化に伴う生産拠点の海外進出などにより移転や閉鎖する工場が増え、跡地が次々に住宅やマンション、公園などに再開発されてきた。そのため住宅地としての整備が進み、現在は交通網の至便さや身近な商店街などを備えた、下町らしい親しみのある街になっている。由緒ある神社や古刹も多く、夏には花火大会も開催される多摩川の散策やユニークなタイヤ公園など住環境が整った暮らしやすい街として人気が高い。
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a. 多摩川土手
b. 多摩川
c. 夕景
d. 天神様の細道
e. 焼き鳥専門店
f. とんび凧
g. 雑色商店街
h. お米屋さん
i. ラゾーナ川崎
j. 多摩川のサイクリングコース
k. 銭湯
l. アプリコ
m. 歓楽街の提灯
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